
E-mail : awano.tatsuya.7z [at] kyoto-u.ac.jp ([at] = @)
木材細胞壁を構築する細胞の営みを見る

木材の細胞は電子顕微鏡の試料としてはかなりの難敵です。細胞の長さはmmオーダーに及ぶうえ,分厚い二次壁は固定液や樹脂の浸透のバリアになるだけでなく,極めて硬いので超薄切片作製も大変です。従来の化学固定法では捉えることの出来なかった細胞膜や細胞小器官の本来の様子が,急速凍結や高圧凍結を用いた凍結置換固定法によって見えるようになってきました。これらの方法が誰にでも使いこなせて一般的な方法となるように,実験手法の改良を行っています。
ヘミセルロースの細胞壁中での局在

a, b: 側鎖が少ないキシランを認識する抗体、c, d: 側鎖が多いキシランを認識する抗体
a, c: 蛍光顕微鏡像、b, d: 透過電子顕微鏡像
ヘミセルロースは木材細胞壁を構成する非結晶性多糖類であり、セルロースやリグニンに次ぐ木材の主要成分です。ヘミセルロースには構成する単糖類や結合により複数の種類がありますが、これらを特異的に認識することができるモノクローナル抗体を用いて細胞壁中での局在を明らかにすることができます。多数のモノクローナル抗体を用いて、針葉樹と広葉樹の違い、樹種の違い、細胞種の違いによってヘミセルロースやペクチンの構造や分布がどのように違うのかを明らかにしていきます。
ヘミセルロースの堆積と細胞壁構築

1: 形成中の木部繊維細胞壁を内側から見た像、2: 新しく堆積したばかりのミクロフィブリル、
3: 細胞壁が割断されてミクロフィブリル配向が異なる層が表出
木材の細胞壁はセルロースミクロフィブリル(セルロース分子が集合して形成される結晶)を骨格とし、リグニンやヘミセルロースなどのマトリックス高分子がその間の空間を充填して構成されています。ヘミセルロースはミクロフィブリルの形成に影響を与えるだけでなく、ミクロフィブリル数本が凝集したマクロフィブリルの形成にも影響を与えると考えられます。また、ヘミセルロースの堆積はリグニン堆積の前に開始され、リグニン前駆物質の重合環境を提供するため、細胞壁の三次元構造を決定する重要な要因となります。
粘液細胞が作り出す粘液とその利用

a: 紙漉きの様子、b: ネリの抽出、c: トロロアオイの根、d: ノリウツギの内樹皮
(a,bは東京文化財研究所提供)
日本の伝統的な手漉き和紙づくりでは、コウゾなどの靭皮繊維の懸濁液に”ネリ”と呼ばれる粘液を加えて繊維を分散させます。トロロアオイ(黄蜀葵)の根やノリウツギ(糊空木)の内樹皮から抽出したネリがよく用いられます。これらはウロン酸を含む酸性多糖類が主成分とされています。

a: トロロアオイ、b: ノリウツギ、M: 粘液細胞
ネリを構成する粘液は粘液細胞という特殊化した柔細胞によって作られます。トロロアオイとノリウツギでは粘液細胞の形態や内部に蓄積した粘液の形態が異なることがわかります。

a: トロロアオイ、b: ノリウツギ
トロロアオイとノリウツギでは粘液の形態が明確に異なることが分かりました。ヘミセルロースやペクチンを認識する多数のモノクローナル抗体を用いてこれらの粘液を構成する多糖類を同定します。
和紙づくりに用いるネリ以外にも、仏像の制作や修理に用いられる木屎漆(こくそうるし)にはニレの樹皮由来の粘液が用いられることが知られており、さまざまな植物の粘液細胞とその粘液の特徴についても調べていきます。